「コメット。コメットはどこ?」
沙也加ママが末娘を呼んでいます。
「はい、お母さま。」
すぐにお台所の方から、エプロンをつけた女の子が姿を現しました。
このとても愛らしい少女が、藤吉家の末娘コメットさんです。
ですが、彼女の着ている服はどこもかしこもツギハギだらけ。
沙也加ママの美しい服そうに比べると、あきらかにボロボロ。
ママはいつもの厳しい声で、コメットさんに尋ねました。
「お庭の草むしりは、もうすんだの?」
ハっとなるコメットさん。
「す、すいません!すぐに…!」
その返事を聞いて沙也加ママは、厳しい声で続けました。
「ほんとにあなたはグズなんだから!今すぐ始めなさい!」
「ごめんなさい…。」
するとそこへ、コメットさんのお兄さんとお姉さんもやってきました。
「コメットさん!ツヨシくんのロボは直った!?」
「ネネちゃんのぬり絵は見つかった!?」
二人の兄妹は、すごい剣幕でコメットさんに詰め寄ります。
「あ!どっちもまだ…。すいません。」
コメットさんは申し訳なさそうに、うつむきながら答えました。
それを聞いたツヨシくんとネネちゃんは、ほっぺを脹らませてカンカンです。
「なんでだよ!すぐにやれって言った!」
「すぐに探してって言った!」
「本当にごめんなさい!」
コメットさんは、ただ謝ることしか出来ません。
二人はさらに言葉を続けました。
「役立たずコメットさん!」
「コメットさんなんてキライ!」
それだけ叫ぶと二人はママのところへ、わっと駆けていきました。
悲しくなったコメットさんは、視線を足元に落としました。
一方、沙也加ママは双児の子供の肩に手を置いて優しく言いました。
「さぁ、そろそろお城のパーティーに行く時間よ。準備はできてるかなぁ?」
「わーい!」
「できてるよ!」
「それじゃあ出発。」
「はーい!」
双子は跳ねるように、家の外へと駆けていきました。
沙也加ママは、ポツンと残された末娘に向かって言いつけます。
「いいこと。わたし達が帰るまでに、ちゃんとお仕事を済ませておくのよ。」
「はい、お母さま…。」
沙也加ママと子供たちが出かけてしまうと、家の中はシーンと静まりかえります。
末っ子のコメットさんだけがお留守番。
薄暗くなってきた部屋の中、お母さんの言い付けどおりにホウキで掃除をはじめます。
「はぁ…。」
部屋のホコリを掃く手を止め、大きなため息。
コメットさんはホウキを持ち上げると、クルっと一回転させました。
「お城ってどんなところだろ。きっとすごく楽しいんだろうな。」
さらにホウキを、クルクル〜と回転させ続けます。
「ステキな音楽がかかってて、みんなでチャっと踊るの!」
回るホウキはそのままに、コメットさんもその場でヒラリと一回転。
もしも誰かが踊る彼女の姿を見ていたら、きっとほれぼれしていたことでしょう。
コメットさんには、こんな特技があったのです。
でも…。
楽しそうに体を回していたコメットさんでしたが、急に熱が冷めたように沈んだ表情になりました。
「一人で踊っていても…ちっとも楽しくなんてない。」
手から滑り落ちたホウキが、パタッと床に落ちました。
静まり返った薄暗い部屋の中で、ぼそっとつぶやきます。
「みんなと楽しく遊びたいな…。」
この街に、同年代の友だちなんて一人もいません。
お兄さんのツヨシくんも、お姉さんのネネちゃんも、末っ子の自分とはいつだって遊んでくれません。
沙也加ママでさえ、コメットさんのことをあまり可愛がってはくれていないのですから…。
夕暮れの赤い逆光の中、立ちすくむコメットさんの目に涙が浮かんできました。
ポロポロ、ポロポロ…。
水玉がどんどんあふれだして、止まりません。
そんなときでした。
「その願い、かなえてあげましょうか?」
どこからか女の人の声が聞こえてきました。
「え?」
誰かが見てる?
コメットさんは慌てて涙をぬぐうと、辺りをキョロキョロと見回しました。
「ここ、ここ。」
一体いつの間に、入ってきたのでしょうか。
若い女性が一人、扉の脇に立ってこちらを見ていました。
「あ、あの…どちらさまですか?」
コメットさんは、丁寧に聞きました。
その女の人は、ニッコリと笑うとこう答えました。
「わたしはね。魔法使いのおばさまよ。」
「魔法使い…?」
平然とそんなことを言う女性の顔を、コメットさんはついつい見返してしまいます。
この人はふざけているのでしょうか?
そんな彼女の気分を察したのか、自称魔法使いのおばさんは、声を出して笑いながら言葉を続けました。
「うふふ。嘘じゃないわ。わたしは大魔法使いのスピカおばさま。」
いわれてみれば…。
とんがり帽子に大きなマント、あげくに魔法の杖まで持っていれば、たしかにその姿は魔法使いそのもの。
「あなたはいつもがんばってるから、きょうはそのごほうびをあげます。」
「はぁ…?」
コメットさんは、魔法使いのおばさまを見返すだけ。
「あなたをお城のパーティーに行かせてあげちゃいま〜す。」
「ほ、ほんとですか!」
思わず、お城という言葉にコメットさんは身を乗り出してしまいました。
そんな彼女にスピカおばさまはニッコリ。
「そうねぇ。まずは…。」
魔法使いのおばさまは、コメットさんの服に注目しました。
「そのカッコをなんとかしないとね。そぉれ!」
シャララ〜ン!
すると不思議なことが起きました。
魔法使いのおばさまがサッと杖を一振りする間に、コメットさんのボロボロの服がステキなドレスに変わっていたのです。
「わぁ!」
これにはコメットさんもビックリ。
「次はお掃除ね、それそれ!」
魔法の杖を振るたびに、どんどん不思議な出来事が起こります。
ホウキが勝手に床を掃き、食器が一人で棚に入っていくのです。
「うわぁ…すごいすごい!」
コメットさんは、すっかり感動しっぱなし。
魔法ってなんてステキなんでしょう。
気が付くと、部屋の掃除も食器の後片付けも、全部おしまい。
それどころか、お庭の草むしりも、お兄さんのロボの修理も、お姉さんのぬり絵まで見つかってしまいました。
あっという間にお仕事は、ぜんぶ終わってしまったのです。
「さぁ、これであなたもお城にお出かけできるわね。」
「ありがとう!スピカおばさま!」
コメットさんは大喜びです。
「さぁ、お行きなさい。」
家の扉を開くと、外にはラバボーの馬車が待っていました。
「おばさま、行ってきます!」
お城に向かって進んでいく馬車の窓から、コメットさんが手を振ります。
「あっ!でも、ちゃんと12時までには帰るんですよ。魔法の効果はそれまでですからね。」
「は〜い!」
コメットさんは。イソイソとお城へ向かいました。
お城につくと、たくさんの人たちでいっぱいでした。
「うわぁ…。」
コメットさんは、こんなにたくさんの人を今まで見たことありません。
「さ、お城だボ。ボーはここで待ってるから、楽しんでくるボ。」
「うん。ありがとう、ラバボー。」
周りの人々は、美しいコメットさんの姿を見て口々に言いました。
「まぁ、なんて気品のあるお嬢さまなんでしょう。」
「あの子は見るのは初めてだが、きっと名のあるお家の娘さんに違いない。」
馬車の前で立っていたコメットさんのところに、お城の門番が近付いてきました。
「本日はようこそ、いらっしゃいました。」
「あ、その…。こんばんわ!」
丁寧な挨拶に、コメットさんはどぎまぎしてしまいました。
だって、小間使いのように働いてきた自分が、他人にこんなに丁重な扱いをされるだなんて思いもしませんもの。
門番は言葉を続けます。
「さぁ、みなさまがお待ちです。どうぞ城の中へ。」
「は、はい!どうも、ごちそうさま!」
緊張でガチガチになったコメットさんは、よくわからない挨拶を返しながら、お城の中へと案内されていきました。
目の前の豪華な扉が開かれると、そこには今まで見たことがないような光景が広がっていました。
とても大きな部屋の中でたくさんの人たちが、笑いあい、楽しく踊っていたのです。
見る人見、みんなが豪華な服そうに身をつつみ、指にはキレイな宝石類をはめています。
いくつも並べられた大きなテーブルには、数えきれないぐらいの料理が運ばれています。
どの料理も食べたことはもちろん、見たことでさえありません。
「わぁぁぁぁ〜!」
今までずっと頭の中で思い浮かべていたよりも、ずっと素晴らしい光景が、目の前に広がっていたのです。
コメットさんは、ワクワクしてくるのを感じずにはいられませんでした。
向こうの方では楽器を持った特別の演奏団が、素晴らしい音楽を奏でています。
楽しく優しいそのメロディーに、コメットさんは思わず体がウズウズ。
広いダンスホールの真ん中に、いつの間にかたくさんの人たちで輪ができていました。
その中心で踊っているのはコメットさん。
流れるようなその踊りは、見る者をウットリとさせています。
やがて音楽が終わると、コメットさんもクルリと回ってきめポーズ。
ペコリと観客のみなさまにおじぎをすると、どっと拍手が返ってきました。
「こんなに踊りの上手なお嬢さんは、今まで見たことない。」
「ほんとうになんて愛らしいのかしら。」
「いったい、どこの娘さんなのだろう。」
「あ…。その。え〜と…。」
コメットさんはたくさんの大人たちに囲まれて、ちょっぴり困惑気味。
ですが、とても幸せでした。
今までこんなに注目されたことは、一度だってなかったのですから。
いつも独りぼっちだったコメットさんを中心に、たくさんの人が集まっているのです。
コメットさんはこんなに楽しい時間を過ごすのは、本当に初めてのことでした。
「あの…。」
そんなとき、コメットさんを呼ぶ声が聞こえました。
振り返ってみるとそこには、端正な一人の若者が立っていました。
一見して他の人とは違います。
素晴らしい服に身を包み、腰には剣をさし、体全体から気高い雰囲気がにじみ出ているのです。
コメットさんにはわかりました。
きっとこの人は、お城の王子さま。
若者のその姿に、コメットさんの胸はキュンとなりました。
こんな気持ちは生まれて初めてです。
「オレはケースケ。あなたの名は?」
「あ。コメット…です。」
ケースケはコメットさんの手をとりました。
「あ…。」
彼の手はとても暖かく、心の奥底に秘めた優しさが流れ込んでくるようでした。
「こちらへ…。」
コメットさんの手を引いて、ケースケは歩き出しました。
「あの、どこへ行くんですか?」
なぜ王子さまが自分を引っ張って歩いていくのか、コメットさんにはさっぱりわかりません。
人込みをかき分けて着いた場所は、ダンスホールの一番奥。
この城の王さま達の席が、設けられているところでした。
3つの大きな立派なイスに、初老の王さまと王女さま。
それから、コメットさんと同い年ぐらいのおヒメさまが座っております。
王族たちを目の前にして、さすがのコメットさんも緊張でガチガチです。
はるか雲の上、それこそ神様ほどに遠い存在の方たちがこんなに近くにいるのですから、無理ありません。
「は、初めまして…。」
なんとかそれだけを言うと、コメットさんは深々と頭を下げました。
彼女の隣でケースケは、その場でひざをつきながら言いました。
「お言い付けどおり、ホールで踊っていた女性をお連れいたしました。」
「ごくろうさま。」
おヒメさまが表情を変えずに言います。
「あなたの名は?」
「は、はい。コメットです。」
「コメット。さきほどの踊り、見事でしたわ。」
そう言うと、おヒメさまの表情が少し和らいだような気がしました。
「あ、ありがとうございます!」
コメットさんは顔を真っ赤にしながら、とても嬉しそうに答えました。
おヒメさまに直に誉められるだなんて、とても信じられません。
「わたしの相手をお願いできるかしら?」
「もちろんです。」
まるで準備していたかのように、ケースケが合図をするとすぐにキレイなメロディーが流れはじめました。
「さ…。」
「はい。」
おヒメさまの手をとり、コメットはゆるやかにステップをふみました。
周りの人たちは、踊る二人の姿にポゥっと見とれてしまっています。
その中にはコメットさんのお家の人、沙也加ママや、ツヨシお兄さん、ネネお姉さんの姿もありました。
「ママ、あの人どこかで見たことない?。」
「もしかして、コメットさん?」
「まさか。あの子はあんなにキレイでもないし、踊りだって踊れないと思うわ。」
「じゃあ、そっくりさんだね。」
「コメットさんのそっくりさんだ。」
王さまと王女さまも観客と同じように、踊る娘の姿を感心しきって見ています。
「メテオは踊りも上手だねぇ。」
「それはそうですよ。だってわたし達のメテオちゃんですもの。」
「ハハハ、そうだったね。ところで留子さん。」
「はい、幸治郎さん。わたし達も久しぶりに…。」
つられた王さまと王女さまも、手を取り合うと見つめあい踊りはじめます。
まるで若かった頃を思い出しているようです。
気がつくと、誰もかれもが楽しそうに踊っていました。
おヒメさまと手と手を繋ぎながら、コメットさんはクルクル回ります。
幸せでいっぱいでした。
なんて素晴らしい日なんでしょう。
ずっと憧れていたお城のパーティーに参加でき、しかもおヒメさまの踊りの相手までさせていただけるなんて…。
コメットさんはふと思いました。
おヒメさまと踊っているだけで、幸せいっぱいなのです。
もしも、王子さまと踊ることが出来たなら…。
自分のような娘がそんな願いを抱くのは、恐れ多いことかもしれません。
でも、今夜は特別な夜。
ステキな奇跡が、起こりそうな予感がします。
やがて音楽が静かに終わりました。
最後のポーズを決めたとき、おヒメさまはコメットさんに特別な笑顔を見せてくれました。
「楽しかったですわ、コメット。」
「わたしもお相手できて、光栄でした。」
コメットさんも笑顔をかえします。
そんな様子を、ケースケは黙って見ていました。
次は王子さまと踊りたいな…。
そう思ったコメットさんがケースケに近付こうとしたとき、おヒメさまが王さまに言いました。
「お父さま。わたくし決めましたわ。」
「何を決めたんだい?メテオや。」
「この子を…。コメットをわたくしの花嫁にいたします!」
「え?花嫁?」
おヒメさまは、コメットさんに振り向きます。
「わたしのお嫁さんになってもらえますわね?」
「えぇ〜〜〜〜〜っ!!??」
思いもよらないおヒメさまの発言に、コメットさんはもうビックリ仰天。
王さまと王女さまもニコニコ顔で、娘にこう言いました。
「ああ、いいとも。なんでもメテオの好きにするがいい。」
「ええ、ええ。なんでもメテオちゃんの思う通りにしていいのよ。」
「ありがとう。お父さま。お母さま。」
スカートのすそを持ち上げて会釈すると、おヒメさまはコメットさんの手をとり目を見つめました。
「そういうことですわ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
コメットさんには、わけがわかりません。
「知っているとは思うけど、わたくしは風丘メテオ。この城の王子ですの。」
へ?王子さま?
だって王子さまはケースケ…。あれ?
メテオさんが、後ろにたっているケースケに言いつけます。
「すぐに式の準備を。」
「おまかせを。」
ケースケはペコっと頭を下げると、奥の扉へと歩き出しました。
「ちょ、ちょっとケースケぇ!」
コメットさんが慌てて彼を引き止めます。
面倒くさそうにケースケが振り返りました。
「なんか用すか?」
「あなたは、このお城の王子さまなんじゃなかったの?」
「は?オレそんなこと、一言でもいいましたっけ?」
「だって…。」
「オレはこの城に時給950円で雇われている、ただのバイトっす。」
「その格好は?」
「ああ、ここで働くときの制服みたいなもんです。城の人間がおかしな服装じゃ、かっこつきませんからね。」
言われてみれば、たしかにそうかも…。
コメットさんは、ガクっと頭を下げました。
「一人暮らしも、なにかと大変なんすよ。それじゃおれ、式の準備がありますから。」
走りかけたケースケは、振り返りながら言いました。
「結婚おめでとうございます。あなたなら王子さまともお似合いっすよ。」
ガーン。
コメットさんの頭の中で、何かが崩れていきました。
完全に裏切られた気分でした。
「あぁ…。わたしの感じた想いが…。」
「コメットさまぁ!」
「わっ!?」
お城の本当の王子さまであるメテオさんが、とても嬉しそうにコメットさんに抱きついてきました。
「さぁ、結婚ですわ。式ですわ。とうとう巡り合えたのよ!運命の人!」
「えぇ〜!?」
彼女をなんとかしないと、このままでは本当に結婚させられてしまいかねない雰囲気でした。
「あの、王子さま。わたし、結婚とかそういうのはまだ…。」
「きっと不安になってますのね。大丈夫、すぐに城の生活にも慣れますわ。」
恋に目覚めた女の子は、そんなことに聞く耳を持ちません。
だめです、もっとはっきり言った方がよさそうです。
「やっぱりおかしいですよ。女の子同士で結婚なんて。」
「それがなんですの!」
メテオさんは真剣な表情でコメットさんの肩をつかみました。
「はい?」
「わたし達には愛が!海の底よりもはてしな〜く深い、愛があるではありませんのっ!!」
「はぁ!?」
「そうよ、愛さえあれば、どんな障害でも乗り切っていける!ノープロブレムのミラクルパワーで、ゴーイングマイウェイよ!」
コメットさんは、もうあきれるしかありません。
そこへケースケが、神父さまをつれて戻ってきました。
「準備できましたー。」
メテオさんが満面の笑みを浮かべて、コメットさんに振り向きます。
「さぁ、コメット。わたし達の結婚式ですわ。」
何かの冗談ではないようです。
彼女の目は本気そのものです。
自分のしようとしていることに、少しの疑いも持ってはいないのです。
「いや。そんなこと出来ない!」
後ずさったコメットさんは、ケースケの元へと駆け寄りました。
「ケースケ、助けて!このままじゃわたし、メテオさんのお嫁さんになっちゃうよ!」
「いいんじゃないすか?王子さまと結婚出来るんすから、玉の輿ってやつじゃないですか。」
彼はまるで他人ごとのどうでもいい話とでもいうかのように、しれっと答えました。
「だってわたし…!」
「は?」
「わたし、ケースケのことが好きなんだもん!」
興奮したコメットさんが、思わず胸の奥に隠していたドキドキを打ち明けてしまった瞬間でした。
言ってしまった直後に、顔が真っ赤になるのが自分でもわかります。
でも後悔はありません。
ここで言わなきゃ、一生ずっと後悔していた気がするからです。
「はぁ…。そうすか?」
「だから、わたし…。」
そこでハっと思い出したように、ケースケは腕時計で時間を確かめました。
「あ、王子。もうすぐ12時になるんで、オレあがりますね。」
「ごくろうさま。お給金はいつものところよ。」
「おつかれーっす。」
ケースケは王さまと王女さまに会釈すると、コメットさんにクルリと背を向けて去っていってしまいました。
「え?」
コメットさんは目が点になって、帰っていく彼の背中を見つめることしか出来ませんでした。
自分の告白が何の意味もなさなかったことを、ただ思い返すばかりです。
「そんな…。ケースケのバカァ!!」
ギュ〜ッ
「ひゃっ!?」
メテオさんが抱きついてきました。
「さあ、コメット。わたし達の式を始めましょう〜。」
「ちょ、ちょっと!だから、そんな気はありません!」
「ん〜、照れちゃって、かわいい。」
何を言っても聞く耳なし。
まさに、馬の耳って感じです。
このままだと、本当にコメットさんはメテオさんのお嫁さん。
一体どうしましょう?
そうだ!
コメットさんは、天井近くの壁の大時計に目をやりました。
チッチッチ…
もうすぐ夜中の12時です。
あと少しで魔法が切れます。
コメットさんはメテオさんに、自分の姿をよく見せるように立ちました。
「メテオさん、よく見て!これがわたしの本当の姿!」
ボーン、ボーン、ボーン。
とうとう、12時になりました。
魔法の効力のタイムリミット。
コメットさんのステキなドレスも靴も髪飾りも、すべてがキラキラの星屑になって散っていきました。
後に残ったのは、ボロボロの継ぎはぎだらけの服をまとった、ハダシのコメットさん。
「これが…わたしの本当の姿です。」
周りの人々は、シーンと静まりかえってしまいました。
「これでもまだ、わたしを愛せますか…?」
メテオさんはしばらく不思議そうな顔をしていましたが、やがて口を開きました。
「…なに言ってますの?そんなのちっともかまいませんわ。ていうか、なにか問題ありますの?」
「は?」
「あなたがビンボーだからといって、ちっとも関係ありませんわ。」
「はぁ?」
「だってわたくしの家はお金持ちですもの!おーほっほっほっ!!」
「えぇ!」
「家柄だって問題ないわ!圧力をかければ、戸籍だった何だってチョチョイのチョイよ!」
メテオさんは呆気にとられてるコメットさんの腕をつかむと、グイッと引き寄せました。
「なにも心配しなくてもいいの。わたしの側にいてくれれば、それで…。」
神父さんがメテオさんに尋ねます。
「メテオさま。あなたはコメットさまを妻とし、愛することを誓いますか?」
「誓います。」
続いてコメットさんに尋ねます。
「コメットさま。あなたはメテオさまを夫とし、愛することを誓いますか?」
「ごめんなさい!ぜったい無理です!」
コメットさんは、とうとうキッパリと断りました。
ところが神父さん。
「まぁ、それはそれで構わないし…。」
「え!?」
これが神父の言うことでしょうか?
「それでは、誓いのくちづけを…。」
メテオさんがコメットさんの体を、グイっと抱き寄せます。
「愛してますわ…。コメット…。」
「ちょっと、やめて!だめ!!」
抵抗してもムダでした。
メテオさんの顔が近付きます。
こんなに近くで、彼女の顔を見るのは初めてです。
メテオさんは目を閉じて、優しくくちづけをしようと…。
「い…い…。」
「いやぁ〜〜〜〜っっっ!!!!」
ものすごい大声で叫びながら、コメットさんは跳ね起きました。
「はぁ、はぁ、はぁ…。」
額や頬に、いくつも汗の玉が浮かんでいます。
それどころか、シャツも下着も汗でぐっしょりです。
「夢…?」
ふと気がつくと、ツヨシくんにネネちゃん景太郎パパが、ビックリした顔でこちらを見ていました。
ここはお城ではなく藤吉家の一階の居間、いつもみんなでくつろいでいる場所でした。
コメットさんは双子の相手をして遊んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようです。
「あ、あはは…。」
コメットさんは、ばつが悪そうに笑うしかありません。
「ど、どうしたの?コメットさん。」
心配そうに景太郎パパが尋ねます。
「わ!コメットさん、汗いっぱい!」
「ほんとだ!」
「なにか悪い夢でも見たのかい?」
「えぇ、ちょっと…。」
ふと見ると、テーブルの上で一冊の絵本が広がっていました。
そのページに描かれているのは、まさに王子さまとシンデレラのキスシーン。
景太郎パパが、眠ってしまったコメットさんに代わって、ツヨシくんとネネちゃんに読んであげていたものでした。
そうです、それであんな夢を…。
コメットさんは、妙に納得させられてしまいました。
「コメットさん、起きたなら遊びに行こ!」
「もう眠いの直ったでしょ?」
双子が腕を引っ張ります。
「ごめんね、ツヨシくん、ネネちゃん。わたしなんだか、すごく疲れちゃった。」
「え〜!コメットさん寝てたのに変!」
「そんなのおかしい!」
遊びに連れていってもらえない二人は、文句をブーブー。
どうして疲れているのか説明しても、きっと理解してもらえないでしょう。
それに見た夢の内容について話すには、抵抗もありました。
そんなところへ、沙也加ママがやって来ました。
「パパ、お庭の草むしりはやってくれた?」
「あ!」
景太郎パパは、朝に頼まれていたことをすっかり忘れてしまっていました。
「ごめん、すぐ‥。」
パパが返事をしようとしたところ、パっとコメットさんが立ち上がりました。
「すいません、お母さま!今すぐに…!!」
そう言ってしまってから、コメットさんは慌てて口を押さえました。
「あ…。」
寝起きのボーっとした頭で、まだ夢と現実が混ざったままだったようです。
空気が固まってしまった部屋の中、ツヨシくんとネネちゃんがボソっとつぶやきました。
「やっぱりコメットさん。」
「なんか変。」
コメットさん小説第2弾です。
そのうち他のシリーズも、やってみたいですね。
2004年9月に加筆修正しました。
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