「おはなみ…ですか?」
おフロ上がりにミルクを飲んでいた、コメットさんが振り向きます。
「そう。天気予報のとおりに明日晴れたらね。」
「ほんとパパ!?」
「もちろんだ。」
「やったー!」
景太郎パパの提案に、ツヨシくんとネネちゃんは大喜び。
パジャマ姿で、ピョンピョンと跳ね回ります。
でもコメットさんには、どうして二人が喜んでいるのかわかりません。
「おはなみって何ですか?」
「え?コメットさん、お花見を知らないのかい?」
景太郎パパは、少し驚いた顔で聞き返しました。
「みんなでお弁当食べるんだよ。」
「みんなでお菓子も食べるんだよ。」
ツヨシくんとネネちゃんが、コメットさんの前に飛び出して説明します。
「あはは、食べるだけじゃないんだけど…。まぁ、うちの場合はそんな感じで正解かもね。」
それを聞いたコメットさんも、二人がワクワクする気持ちがわかりました。
「わっ、わっ、とっても楽しそう!」
お台所から、洗い物を終えた沙也加ママが顔を出しました。
「じゃあ明日は早起きして、特別なお弁当を作っちゃう!」
「わーい!」
「楽しみー!」
「コメットさんも楽しみ!」
子供たちは大はしゃぎです。
景太郎パパは腰に手をあてると、子供たちに言いました。
「それじゃあ。明日のために、今夜はすぐに寝むること!」
「はーい!」
「おやすみなさーい!」
三人はお休みの挨拶をすると、タタっとそれぞれの部屋へと駆けていきました。
「おやすみー。」
後に残ったパパとママは、顔を見合わせてフフっと笑いあいました。
そして夜が明けて、次の日。
いつもよりちょっぴり早起きしたツヨシくんとネネちゃんは、ベッドから跳ね起きると真っ先にカーテンを開きました。
窓を大きく開いて、屋根の上を見上げると…。
雲一つない青空が、どこまでも澄み渡っていました。
「晴れた!」
「晴れたよ!」
二人は部屋を飛び出すと、コメットさんの部屋へ階段を駆け昇って行きます。
「コメットさん!お外晴れたよ!」
「お花見だよ!」
「へへ〜。」
コメットさんはもうすでにパジャマから普段着に着替えて、部屋の中に立っていました。
「もう準備できてます。」
「コメットさん…。」
「早い…。」
ツヨシくんとネネちゃんは、ちょっとビックリ。
「ツヨシくんも着替えてくる!」
「あ、ネネちゃんも!」
二人は順番を争うように、自分たちの部屋へと戻っていきました。
コメットさんの胸のティンクルスターから、ラバボーが顔を出します。
「今日はみんなでお出かけかボ?」
「うん。パパさんがお花見に連れていってくれるの。」
「何?」
「外でお弁当やお菓子を食べたりして、みんなで騒ぐんだって。」
「どうせボーには関係ないボ。もう少し寝てるボ…。」
ラバボーは大きなアクビをすると、そのままティンクルスターの中に戻ってしまいました。
藤吉家のみんなは、黄色いビートルに乗って大きな公園へやってきました。
この辺りは、満開の桜がどこもいっぱいです。
「わー。きれいー…。」
クルマの後部座席から外を眺めるコメットさんは、桜の木にすっかり見とれてしまっていました。
助手席でも、沙也加ママがウットリしています。
「もう満開なのねぇ。」
「ほんとに雨が降らなくてよかったよ。」
ビートルは桜のトンネルを通り抜けて進みます。
やがて公園の駐車スペースに入ると、景太郎パパはクルマをキッと止めました。
藤吉家の他にも、数台の自動車が駐車しています。
この人たちもみんなおそらく、お花見に来ているのでしょう。
「到着!」
ツヨシくんとネネちゃんは、待ちきれない様子で外へと飛び出しました。
「コメットさん、行こ!」
「行こ!」
「うん。」
コメットさんも、くぐるようにしてクルマの後部座席から降りました。
ここは公園とはいっても、遊具の類いはあまり見当たりません。
目立つのは緑の木々や、小高い丘々。
ここは、広場と自然を大切にしている公園のようです。
目の前に広がるとても大きな運動場を囲むように、ピンクの花を咲かせた数えきれないほどの桜の木々が立っています。
あちこちの桜の下で、数人ごとのグループがとても楽しそうにしているのが見えました。
地面に敷いたシートの上でお弁当を食べて、愉快におしゃべりして、仲良く歌っているのです。
「お花見ってステキ!」
コメットさんはお花見のことが、すぐに好きになりました。
これから、みんなでお花見するのです。
そう考えただけで、すごくワクワクしてきます。
「さーて、どこに席をとろうかな…。」
景太郎パパが、辺りをキョロキョロと見回します。
「パパー、ママー!コメットさーん!」
「こっちこっちー!」
ツヨシくんとネネちゃんは、もうすでに家族のスペースを確保していました。
「おっ、いい場所見つけたなー。」
パパもママもそれぞれ両手に荷物を持って、子供たちのところへと歩いてきました。
「エッヘン。」
「最初に見つけたのはネネちゃんだよ!」
まるで、自分一人の手柄とでもいうようなツヨシくんの態度に、ネネちゃんがプクっとふくれます。
「ちがうよ。ツヨシくんはその前から、ここがいいと思ってたもん。」
「ウソだ。」
「ウソじゃない。」
「ウソだ!」
「ウソじゃない!」
「うぅ〜〜〜〜!!」
睨み合う二人の間に、コメットさんが割って入りました。
「二人とも。ケンカしちゃダメ。」
「だってコイツが悪いんだもん!」
双子はそれぞれ、目の前の相手を指さして言います。
「そんなふうに仲が悪いと、ハナビトさんとも仲良しになれないかもしれないよ?」
「ハナビトさん?」
二人は目を輝かせて、コメットさんの顔を見ました。
「うん。ハナビトさんはね、キレイな花を咲かせて、それをみんなに見せるのが大好きなの。」
「わー。」
「でも優しいハナビトさんは、ケンカをしている人を見ると悲しくなっちゃう。そうなるとせっかく咲いた花が、枯れてしまうかもしれないの。」
「え?」
「お花、枯れちゃうの?」
「だから、二人も仲良くしようね。」
ツヨシくんとネネちゃんは、お互いの顔を見合わせます。
「ハナビトさんって、ここにもいる?」
「見てるかなぁ?」
「うん。ツヨシくんとネネちゃんのことだって、きっとと見てると思うな。」
コメットさんが頭の上を見上げると、桜の花が風に揺れてザワザワと音をたてています。
「そうよ。コメットさんの言うとおり。二人ともケンカしちゃダメよ。」
「なんてったって、今日はお花見に来ているんだからな。」
パパとママも、二人に言いました。
「わかった。ツヨシくん、ケンカしない。」
「ネネちゃんも、ケンカしないよ。」
「仲直り。」
二人はギュっと握手。
「よし!じゃあ、お花見の準備だ。コメットさん、シートを敷くからそっちの端を持っててくれるかい。」
「こうですか?」
パパとコメットさんがビニールシートをバサッと拡げると、ママは持って来たお弁当やら水筒をドサっと置きました。
靴を放り出すようにして脱ぐと、ツヨシくんとネネちゃんはシートの上に転がります。
「ごろごろ〜。」
「ごろごろ〜。」
コメットさんも靴を脱いでから、シートの上に立ちました。
地面のデコボコとした感触が、足の裏に伝わってきます。
「なんだかヒヤッとして、いい気持ちだね。」
「ごろごろしたら、もっと気持ちいいよ。」
「ほんと?」
「うん。」
「じゃあコメットさんも、やってみよ。」
そう言うと、ツヨシくんとネネちゃんの間にゴロンと横になりました。
薄いシートを隔てた草の柔らかい感触は、とても気持ちがいいものです。
こうして仰向けになって見る空は、また普段とは違った感じがします。
「いいね。」
「でしょ?」
「ほらほら、もう起きなさい。」
沙也加ママが、寝転がっている子供たちに向かって言います。
「はーい。」
三人はガバッと勢いよく起きました。
景太郎パパはゴホンと一つ咳きをすると、大きな声で宣言しました。
「それじゃあ、藤吉王国 第3回 お花見会を開催しまーす!」
みんなはパチパチパチと拍手喝采。
「かんぱい!」
「かんぱーい!」
大人は缶ビール、子供たちは缶ジュースでかんぱいしました。
「さあ、みんな、たくさん食べてね。」
朝早くから沙也加ママが、一生懸命作ってきたお弁当を拡げます。
「わぁ、すごい…。」
「お弁当いっぱい!」
「おっ!ママがんばったなぁ。」
「さすが、ママさんですね。」
みんなの感想に、沙也加ママはちょっぴり照れています。
「幼稚園で食べるお弁当より、豪華だね。」
「おいしそうだよね。」
ツヨシくんとネネちゃんが、ボソボソと言い合います。
「ちゃんとピーマンも食べなきゃダメよ。」
「う…。」
よく見てみると、重箱の中にちゃんとピーマンを使ったおかずも、入っていました。
「ピーマン、きらい…。」
「ネネちゃんもきらい…。」
二人はニガイ顔で、肩を落としました。
幼稚園にいるときならともかく、ママが一緒にいる以上、食べないわけにはいかないことがわかっているからです。
「いただきまーす。」
パパはカラっと揚がった空揚げを指で掴むと、パクっと口に放り込みました。
「ん〜。ママの空揚げは最高だなぁ。」
「もう、パパ。ちゃんとお箸使ってよ。」
沙也加ママは持って来た紙のお皿と割り箸を取り出すと、みんなに配っていきます。
コメットさんは黄色い厚焼き玉子を、一口で食べてしまいました。
「おいしい〜。ママさんのお料理って、いつも本当に上手です。」
「あらやだ、コメットさんったら♪いっぱい作ってきたから、たくさん食べてね。」
「はい!」
続いてノリの捲いてあるオニギリを取ったとき、その隣でツヨシくんとネネちゃんがまた言い合いを始めました。
「それ、ツヨシくんのだぞ!」
「ネネちゃんが先に取った!」
重箱の中にはたくさんオカズがあるというのに、二人は一切れのかまぼこを奪い合っているのです。
「二人とも、ケンカはダメ。」
ツヨシくんとネネちゃんは、ハッとします。
「あはは。それはネネちゃんにあげる。」
「ううん。ツヨシくんにあげる。」
「ネネちゃんの。」
「ツヨシくんのだよ。」
「ネネちゃんのって、いってるだろ!」
「ツヨシくん、しつこい!」
二人のやりとりに、コメットさんは肩をすくめました。
「あらら…。もう知らない。」
そんな子供たちを見ていたパパさんとママさんも、思わず笑ってしまいます。
楽しい時間が、ゆっくりと過ぎていきました。
風に吹かれてフワリと舞い落ちてきた桜の花びらを、コメットさんは両手で優しくすくいとりました。
頭の上を見上げると、たくさんの花の間から、午後の太陽がかすんで見えています。
とても安らかな気持ちです。
コメットさんは、春の陽気を体中にいっぱい感じておりました。
向こうの広場ではツヨシくんとネネちゃんが飛行機の模型を飛ばして遊んでいるのが見えます。
「ねえ、パパ。ケースケくんは今日はどうしたの?」
「遅くなるけど、必ず来るって言ってたぞ。もうそろそろ来るんじゃないか?」
ビールを片手に赤い顔をした景太郎パパが、沙也加ママに答えます。
ケースケって言葉に、コメットさんはピクっと反応しました。
「ケースケさんって、昨日の男の子のことですよね?」
コメットさんは、パパとボートの上で一緒にいた男の子のことを思い出しました。
自分にバカって言った、少しイヤな人。
そんな気持ちは、パパにも伝わってしまったようです。
「コメットさんは、ケースケのことは苦手かい?」
「ツンツンした人は、あまり好きじゃありません。」
コメットさんのその言葉に、景太郎パパは声を出して吹き出してしまいました。
「あははは。ツンツンした、か。たしかに、そういうところもあるよなぁ。」
「だからキライです。」
「でもね、コメットさん。あれでアイツはいいヤツだよ。単に素直じゃないだけなんだ。」
「そうでしょうか?」
「ああ。ボクが保証する。」
笑顔でそう言うパパからは、ケースケのことを信頼しているという気持ちが伝わってくるのを感じます。
そんなパパを見ていると、コメットさんもなんとなくそんな気がしてきました。
「そうなのかな…。」
そういえば昨日、溺れかけたメテオさんを助ける為に迷うことなく海に飛び込んだのも彼です。
そのときの彼はとても真剣でした。
「きょう来たら話してみるといいさ。そのうち、あいつはただ意地張ってるだけだってことがわかると思うよ。」
「うん。そうしてみます。」
もしかしたら、仲良しになれるかもしれない…。
淡い期待を抱きながら、コメットさんは笑顔で答えました。
そんなときでした。
向こうの広場から、ツヨシくんとネネちゃんが慌てた様子で駆け戻ってきました。
「パパー!飛行機が木の上にひっかかっちゃった!」
ツヨシくんが、とても困った顔で訴えます。
「そりゃ大変だ。どこの木だい?」
「こっちだよ!」
景太郎パパは靴を履くと、ツヨシくんの後について走っていきました。
一方、ネネちゃんはというと、沙也加ママの服のそでを引っ張っています。
「ママー。おトイレに行きたい。」
「あらあら、こっちよ。」
沙也加ママも靴を履くと、ネネちゃんを連れて丘の向こうへと見えなくなっていきました。
あっという間にコメットさんは、一人きりになってしまいました。
みんながいなくなると、途端に辺りはシーンと静まりかえってしまいます。
聞こえて来るのは、風に揺られる緑のざわめきだけ。
コメットさんの胸のティンクルスターから、ラバボーが顔を出しました。
「…いまなら誰も見てないボ?」
周囲をキョロキョロと見回します。
「ようやく外に出られるボ。」
安全を確認すると、ピョンっとシートの上に着地しました。
「あの二人の前では、うかつに姿を見せられないボ。」
疲れた表情でラバボーがつぶやきます。
「ラバボーは、ツヨシくんとネネちゃんのことが苦手だもんね。」
コメットさんは重箱を一つ掴むと、ラバボーの前に差し出しました。
「食べる?ママさんのお弁当だよ。」
重箱の中身をチラっと見ると、ラバボーは首を横に振りました。
「地球の食べ物なんて、ボーの口にはきっと合わないボ。」
「そんなことないと思うけどな。すごくおいしいんだから。」
「いらないボー。」
コメットさんがすすめてみても、ラバボーは手をつけようとはしません。
「それに星国を出発するとき、いっぱい食いだめしてきたからおなかもすいてないんだボ。」
「そうなんだ。」
コメットさんは重箱を戻すと、今度はクーラーボックスの蓋を開けて冷たいジュースを取り出しました。
「飲み物もいらない?」
「その筒みたいなのはなんだボ?」
「この中に飲み物が入ってるの。便利だよ。」
カシュッ!
苦労しながらもなんとか蓋を開けたコメットさんは、ラバボーの顔の前に缶を持っていきました。
ラバボーはクンクンとニオイを嗅ぐと、プイっと顔をそむけてしまいました。
「ヒメさま。そんなものばかり飲んでると、そのうち体を壊しちゃうボー?」
「そんなことないよ。ラバボーこそ、もっと地球のことをいろいろ勉強した方がいいと思うけど?」
開けたジュースを飲みながら、コメットさんも言い返します。
「あ〜あ…。早くタンバリン星国の王子さまを探し出して、星国に帰りたいボ。」
「そう?わたしはもっと、もっと地球のことを知りたいな。とっても楽しいところだもん。」
「遊びにきたわけじゃないんだボ?ちゃんと目的をはたすべきだボ。」
「せっかく来たんだし、あせることもないと思う。のんびりといこ。」
「肝心のヒメさまがそんなだと、ボーもやる気なくすボー…。」
ラバボーは、ハァっと大きなため息を一つ。
「大丈夫。タンバリン星国の王子さまも、ちゃんと探すから。」
「ほんとだボ?」
「約束。」
ラバボーはホッと一安心。
「よかったボ。それじゃあ一日でも早く王子さまを見つけられるように、がんばるボ!」
「でも、今日はお休み。」
「どうしてだボ?」
「だって今日は日曜日だもん。」
「ヒメさまは、毎日が日曜日みたいなものだボ…。」
笑顔で言うコメットさんに、ラバボーはガクリと肩を落としてしまいました。
「あらあら、ずいぶんと余裕のようじゃない。」
二人の背後から、突然、そんな声が聞こえてきました。
振りかえるとそこには、お供のムークを従えてメテオさんが立っていました。
彼女はつい先日、コメットさんを追って地球にやってきたカスタネット星国の王女なのです。
目的はもちろん王子さまを見つけること。
それどころかチャンスがあれば、ついでにコメットさんのジャマをしてやろうと意地の悪いことさえ企んでいたのです。
メテオさんはコメットさんに、特別なライバル意識を燃やしているのでした。
「王子さまは見つかったのかしら?それとも、わたしが地球へ来たことで諦める気になったのかしら?」
黙っているコメットさんに、メテオさんはニヤリと笑います。
「ま、このわたくしが相手では、戦意を消失してしまっても仕方がないというもの。いさぎよく身をひきなさい。おーほっほっほっほ!」
メテオさんは優雅に頬に手をあてて、いつもの高笑い。
そんな彼女を見ていると、コメットさんはだんだん嬉しくなってきました。
「こんにちは、メテオさん。」
「は?こんにちは?」
「本日は、え〜と…。藤吉家王国のお花見会に来ていただき、どうもありがとうございます。」
「おはなみ会…?」
スっとおじぎをするコメットさんに、さすがのメテオもたじろきます。
「ここ、どうぞ。」
コメットさんは自分の隣の場所を手で示しました。
メテオさんは動揺しています。
『な、なんですの、この態度は?わたくしを誘ってる…?いったい何を企んでるといるのかわからないけど、ここは誘いに乗らない方が‥。』
あれこれ考えを巡らせるメテオさんを、コメットさんは優しい微笑みで見つめています。
その顔を見たメテオさんは、ハっとしました。
『いえ、コメットは裏を読んでいる?わたしが誘いに乗ってこないと、考えているにちがいないわ。おのれ、コメット。何にも考えてない顔して、裏でそんなことを考えているなんてタチが悪すぎるったら、悪すぎるわ!』
もちろんコメットさんには、何の企みもありません。
同じ星国を離れて地球に来た者どうし、仲良くしたいという願いしかありません。
コメットさんは他のみんなと同じように、メテオさんのことも好きでした。
ですがメテオさんは、そんなことにちっとも気がつきません。
「おほほ…。ご一緒させていただきますわ。」
メテオさんもニッコリと笑みを返しながら、靴を脱いでコメットさんの隣に座り込みました。
それは自分の警戒心を悟られないようにするためのカモフラージュ。
『さあ、誘いに乗ってあげたわよ。どう動くつもり?コメット!』
ラバボーの隣には、ムークがフワっと着地しました。
「いやー、お互い大変ですなぁ。」
「こんなことしてていいのかボ?ボーたちはライバル同士だボ。」
「まぁまぁ。固いことはいいっこなしということで。」
ムークはご主人とは違い、すっかりリラックスした様子で小さな足投げ出して座りました。
コメットさんは脇のクーラーボックスから、缶ジュースを取り出しました。
「どうぞ。」
「あ、ありがと…。」
受け取ってしまったものの、メテオさんは迷いました。
『素直に頂いた方がいいのかしら…?いいえ、ダメ!敵からもらった飲食物を摂取するのは、さすがに危険すぎる。さりげなく断った方がいいわね…。』
そんな結論に達したメテオさんは、そのときコメットさんと視線が合ってしまいました。
「どうかしました?」
ニッコリと優しく微笑みます。
屈託のない、その愛らしい笑顔…。
コメットさんのこの笑顔が、誰からも愛される一番の理由でした。
ところがメテオさん、このとき他の人とは違った受け止め方をしてしまったのです。
『なめられてる!?』
メテオさんの血管が、ブチっと切れそうになりました。
『なによなによ!なんなのよ!わたくしの動揺を、見すかしているとでも言うの!?』
一度思い込んだら、とことん突っ走ってしまうのがメテオさんです。
なんて事のない微笑みが、自分への邪険を含ませた笑いに感じられてしまったのでした。
『くっ!調子にのってんじゃないわ!いいわよ、飲んでやろうじゃない!コメットなんかになめられて、たまるもんですか!!』
メテオさんは缶の蓋を開けると、グイッと一気に咽に流しこみました。
シュワシュワするその飲み物を含むと、途端に炭酸ガスが口や咽でプチプチとはじけます。
「ゴホッゴホッ!うぇっ!」
その刺激に耐えきれずメテオさんはむせかえり、口の端からジュースを吹き出しました。
「だ、大丈夫!?」
コメットさんは、沙也加ママの持って来たカバンの中からタオルを取り出しました。
けれどメテオさんは、そんな状態だというのにジュースを離そうとはしません。
襲って来る刺激に涙を流しながら耐え、残ったジュースをゴクゴクと飲んでいきます。
口元からは吹き出した液体がダラダラと流れ続け、目はカっと見開いています。
周りで見ているコメットさんとラバボーとムークは、その他者をよせつけない異様な雰囲気に、ただ黙って彼女を見守ることしかできません。
やがてメテオさんは、ようやく全てのジュースを飲みつくしました。
「ぜー…。ぜー…。」
空になった缶を置いて、息を整えます。
「…どうもごちそうさま。」
なんとか笑顔を作ろうとしたのでしょうが、その姿はひどいものです。
顔いっぱい、涙とジュースでベトベトになって、服にもこぼれた液体が染み込んでしまっています。
さすがのコメットさんもその光景に固まってしまいましたが、すぐに気を取り直して笑顔を返しました。
「どういたしまして。」
メテオさんは差し出されたタオルを受け取ると、顔と胸元を拭いはじめました。
その隣で、コメットさんはずっとニコニコとしています。
「さ…、さっきからいったいなんですの?」
「うふふ。嬉しいんです。」
「嬉しい?」
「わたし地球に来るとき、覚悟してたんです。これからしばらくは星国のみんなとも会えないだろうなって。」
寂しそうにつぶやくコメットさん。
その顔を見たメテオさんは、ようやくコメットさんの心境を理解しました。
いかに元気だけがとりえの彼女でも、見知らぬ星で、それもたった一人で暮らさなきゃいけないことになったとしたら…。
そのときの寂しさ、不安や心細さは、どれほど大きなものでしょう。
『なによ。コメットにもちゃんと弱いところはあるのね。』
メテオさんの中で、熱くなっていた部分が急速に冷えていきました。
「でも、メテオさんが来てくれた。」
「コメット…。」
「この星にわたしと同じ星国の人がいるんだ。独りぼっちじゃないんだ。そう思うだけで、なんだかすごく嬉しくなっちゃうんです。」
それだけ言うと、コメットさんはメテオさんに顔を向けました。
ウルウルとしたコメットさんの透き通った瞳からは、どうがんばっても少しの悪意もすくいとることができません。
そこにあるのは、自分への信頼や安心感、それと愛情。
コメットさんはツヨシくんやネネちゃんと同じように、メテオさんのことも好きなのです。
やがてその視線に耐えきれなくなり、メテオさんはコメットさんから視線をそらしてしまいました。
自分はライバル意識いっぱいに、冷やかし半分でここへ来たのです。
チャンスがあれば、コメットさんの楽しみもジャマしてやるつもりでした。
それなのにコメットさんは、自分のことを敵対視するどころか、大切なお友だちだと言ってくれたのです。
いつの間にかメテオさんの心の中で、ポカポカした優しい気持ちが脹らんでいました。
「メテオさん。一緒に王子さま探し、がんばろうね。」
「そうね。」
メテオさんもニッコリしかけた、まさにそのときです。
「うぐっ!?」
突然、身体の中を激しいショックが襲いました。
苦しくなった胸を押さえると、メテオさんはその場にうずくまってしまいました。
「ど、どうしたの!メテオさん!?」
「ハァ…ハァ…!」
体中がカーっと熱くなり、呼吸が思うようにできません。
この症状は、まさか!?
メテオさんは苦しそうな顔を上げると、コメットさんをキッと睨みつけました。
「あ…あなた。わたくしに何を飲ませたの!?」
「何って…ただのジュース…。」
コメットさんはオロオロとするばかり。
「ヒメさま!」
ムークが慌ててメテオさんの側に駆け付けます。
ですが苦しんでいる主人を前にしても、何もできません。
「メテオさん、どうしちゃったんだボ!?」
「わからないよぉ!」
慌てふためくみんなの側で、メテオさんは懸命に苦しみに耐えている様子。
いまメテオさんは、激しく後悔していました。
『甘かった。まさかコメットが、本当に毒を含ませるだなんて!』
さっき見せたあの表情も、自分を油断させるための嘘だったに違いありません。
「許さないったら、ぜったい許さないわよ。コメット…!!」
メテオさんはコメットさんに仕返しをしたいと思ったのですが、体が上手く言うことを聞いてくれません。
立ち上がろうとしてみても、足がガクガクと震えて力が入らないのです。
体を支えることが出来ずに、そのまま後ろへ倒れてしまいました。
「ヒメさま!」
ムークが悲痛な声を上げます。
「ムーク…やられましたわ。コメットにしてやられましたわ。どうかわたしのかたきを…。」
頭がボ〜っとしてきました。
だんだん苦しみすらも、感じなくなってきています。
死ぬ前の気分というのは、こんなものだったんでしょうか。
コメットさんは目に涙を浮かべて、アタフタとしています。
「しっかりして、メテオさん!どうしよ、このままじゃメテオさんが死んじゃう!」
周囲を見回してみても、近くに景太郎パパも沙也加ママもいません。
他の花見客も帰ってしまったのか、助けてくれそうな人はどこにも見当たりません。
「大変だボ。ハモニカ星国のおヒメさまが、カスタネット星国のおヒメさまに毒を飲ませたなんて知れ渡ったら…。」
ラバボーの頭に、大爆発を起こす星国のイメージが湧きました。
「戦争になっちゃうボ−…。」
恐ろしくなったラバボーは、必死になってそんな想像をかき消そうとしました。
ですがこのままだと、本当にそうなりかねません。
「ヒメさま、星力だボ!星力でなんとかするんだボ!」
「そっか、星力!」
コメットさんはポンッと、ティンクルバトンを出します。
「で、どうすればいいの?」
「そんなのボーも知らないボ。」
「え〜!わたしだって、どうやったらメテオさんを助けられるのかわかんないよ!」
「どうするどうするボ!」
「じゃあ看護婦さんになってみる!」
キラーン!
コメットさんは星力で、星国の看護婦の姿になりました。
地球でいうピエロの格好で、病人を楽しませて元気にしてあげるのです。
「ほらほら、メテオさん。」
コメットさんが踊ってみても芸をしてみても、メテオさんはちっとも見ていません。
医者の治療のないままで看護婦が踊っても、ほとんど意味はないのだから仕方がありません。
「ぜんぜん効果がないみたいだボ。」
「うぇーん、どうしよう!」
コメットさんは変身を解きました。
メテオさんは今では目を閉じて横たわり、ピクリとも動かなくなっています。
顔は真っ赤になって、身体も熱っぽくなっています。
「あ〜ん!メテオさん、死なないで〜!」
コメットさんは、心配そうにメテオさんの手をとりました。
「…い。おい。おいったら、おい!」
「え?」
いつ来たのか、気がつくと側にケースケが立っていました。
「おまえら、何やってんだ?」
「ケースケさん…。」
コメットさんの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちました。
「うわ!な、なんなんだよ!?おまえ!」
「メテオさんが、メテオさんが!」
「は?」
シートの上を見ると、赤い顔をしたメテオさんが横たわっていました。
彼女の尋常じゃない様子は、ケースケにもすぐに分かりました。
「おいおい!これって、やばいんじゃないのか!?」
慌ててメテオさんの側に膝をつきます。
こういうときは冷静になって、まずはどんな状態かを探らなくてはいけません。
世界一のライフガードを目指している彼は、とても頼りになる存在です。
「一体なにがあったんだよ!?何をしたらこうなったんだ!?」
「わかんない!」
「わかんないじゃないだろ!よく考えて思い出せ!」
「だって何にもしてない!さっきメテオさんがここへ来て、このジュースを飲んで、それから急に倒れちゃったんだもん!」
コメットさんの手にした空き缶を見て、ケースケは思わず目を疑いました。
「おまえ、本当にこれを彼女に飲ませたのか?」
「え?うん。」
「これがなんだか知ってるのか?」
「ジュース。」
ケースケはコメットさんの頭を、パカっと叩きました。
「いたーい!何するのよぉ!?」
予想もしなかったケースケの行動に、痛みというより驚きの方が先にきました。
コメットさんは頭を押さえて抗議します。
ところが、その殴ったケースケの方がなぜか怒っている様子でした。
「バカ!!これはアルコールだ!」
「ある…?なに?」
「ビールだビール!!これは子供が飲んじゃいけないんだよ!」
「だって!ママさんが飲んでいいって言ってたもん!」
「いいかげんに聞いてるんじゃない!子供が飲んでいいのはこれだけだ!」
ケースケはクーラーボックスから、オレンジジュースを取り出してみせました。
クーラーボックスにはジュースもビールも一緒くたに入っていたので、コメットさんは気がつかずに、缶ビールをメテオさんに渡してしまっていたのです。
「う〜。」
倒れていたメテオさんが、ムクっと起き上がりました。
「ヒメさま!?意識が戻られたのですね!!」
ほっとしたムークが、胸に飛びつきます。
「ムークぅ…。なーんだかわたくし、頭がポ〜っとしていますの〜。」
「お気をしっかり保ってくださいませ!」
「不思議とこれが、なかなか気持ちいーんですのよ。わたしどうなっちゃったのかしら?もしかして、ここは天国ですの〜?」
赤い顔のメテオさんは、ケタケタと笑い始めました。
「ヒ、ヒメさま…。」
「メテオさんが、おかしくなっちゃったボ…。」
「メテオさん、どうなっちゃったの?」
心配そうな顔をしたコメットさんが、隣のケースケに尋ねます。
「酔っぱらってやがる…。」
ケースケは、もうどうしようもないといった口調でつぶやきます。
こうなってしまった以上、どうすることも出来ません。
メテオさんはフラフラと体を揺らしながら、クルっと顔を向けました。
「お〜ほっほっほっほ!コメット!」
「はい?」
「わたくしはねぇ、あんたなんかに毒を飲まされたぐらいでは、死なないの!」
「まさか!わたし毒なんて…。」
「まだいいのがれするわけ?わたくしのの命を狙おうとしたくせにぃ!」
「わたし、そんなことしません!信じてメテオさん!」
ケースケは、ポンとコメットさんの肩を叩きました。
「やめとけ。酔っぱらい相手に本気なるだけムダだ。」
メテオさんはスカートの裾を持ち上げると、ぱたぱたと扇ぎだしました。
「ふぅ、あつ〜い。ムークぅ、あついわよ。なんとかしなさいよぉ…。」
「なんとかって、いわれましても…。」
ご主人のあまりの失態ぶりに、さすがのムークも混乱してしまっています。
そのとき、メテオさんはケースケがいることに気がつきました。
「まぁ!あなたは昨日の命の恩人!」
「わ、なんだよ!離れろ!」
「いいえ、離しません!あなたを探して地球に来たんですもの、王子さま!」
メテオさんは、溺れかけた自分を助けたケースケのことを、いろいろあってタンバリン星国の王子と考えているのです。
「王子さま、星国に一緒に帰りましょう!」
「う、酒くさい!顔を近付けるな!」
ケースケもメテオさんも、それぞれが必死です。
とりあえずコメットさんは、メテオさんが元気になったので一安心。
そんなところへ、景太郎パパとツヨシくん、それに沙也加ママとネネちゃんが、ちょうど一緒に戻ってきました。
「あっ、ケースケ兄ちゃんだ!」
みんなの姿に、ラバボーとムークは慌ててパっと隠れました。
「でも、あいつら…。いったい何やってんだ?」
「さぁ…。」
藤吉家の家族は、その場の光景をしばらく呆気にとられてみていました。
「王子さまぁ!」
「やめろってば!もう、おれ知らねー!」
「そんな!わたし、どうしたらいいのかわからない!」
「そのうち酔いも冷めるだろ。とにかく、オレは面倒みねーからな。」
ケースケのそんな態度に、思わずコメットさんもイライラを爆発させてしまいます。
「薄情もの!」
「なに!?そもそも原因を作ったのはオマエだろ!バカ!!」
「あっ!またバカっていった!!」
「バカをバカと言っただけだ!バカ!」
とうとう二人の間で、ケンカが始まってしまいました。
その隣でメテオさんは、いつの間のやらスヤスヤと気持ちがよさそうに眠ってしまっていました。
意味不明な事を叫び、大暴れして、最後にはさっさと眠ってしまうのです。
酔っぱらいとは、なんて勝手な生き物でしょうか。
そんなメテオさんに気が付かず、激しく言い合うコメットさんとケースケの側にツヨシくんとネネちゃんがやってきました。
「コメットさん!」
「ケースケ兄ちゃん!」
「なに!?」
「なんだよ!?」
「ケンカはダメ!」
「今日はお花見だよ!」
二人の言葉に、思わずコメットさんとケースケは顔を見合わせて、それからクスっと笑ってしまいました。
「そうだったね。ケンカはいけないよね。」
「まぁ、コイツが原因なんだけど…。」
まだ何か言おうとするケースケを、コメットさんは睨んで黙らせました。
メテオさんはというと、全く目を覚ます様子もなく眠っているだけでした。
とても気持ちがよさそうに寝ていますが、もし目覚めたら一気に最悪な気分になることでしょう。
二日酔いという言葉を、覚えるきっかけになるかもしれません。
そんなことも知らず、メテオさんは今は気持ちよく眠るだけでした。
みんなの上を暖かな春の風が、桜の花びらと供に吹き抜けていきました。
コメットさん小説第3弾です。
今回もメテオさんが被害者。
2004年9月に加筆修正しました。
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