「おい、スイカの皮を持ってきてやったぞ。これを食べてもっと強くなるんだぞ。」
「何してるの?二人とも。」
ツヨシくんとネネちゃんが座っている庭に面した縁側の方へ、コメットさんとラバボーが歩いてきました。
「大カブトだよ。」
「カブト?」
「ツヨシくんの子分にするんだって。」
見てみると、二人が取り囲んでいる虫カゴの中で、黒くて大きな昆虫がガサガサと力強く動きまわっているのがわかりました。
「わぁ、大きい虫だボ。」
「それにスッゴク強いんだよ。ラバボーなんかすぐやられちゃうぐらい。」
「ボーはそんな小さいのにやられるほど、弱くないボ。」
ツヨシくんの言葉に、ラバボーはちょっぴりムっとしたようです。
「ふ〜ん。大きなツノがかっこいいね。それに黒くてピカピカしててキレイ…。」
黒光りする小さな生き物は、とてもかわいくてとてもキレイで、まるで小さな宝石のようです。
コメットさんはウットリとして眺めました。
「ツノがあるのはオスなんだ。ないのがメスなんだよ。」
「じゃあ、この子はオスさんだね。でも、この子どこから来たの?」
「あのね、朝起きたら玄関先に落ちてたの。」
「それをボクが捕まえたんだ。」
そのように自慢げに語るツヨシくんの態度がおもしろくないのか、ネネちゃんはイラだちのこもった声で続けました。
「でもね、最初に見つけたのはネネちゃんだよ。なのにツヨシくんだけの子分なんてズルイ!」
「こいつを子分にするには、こいつ以上の力のないヤツでないと認められないのだ。」
「ネネちゃんだって、捕まえられるもん。」
「だったら今みせてみろ。」
虫カゴの蓋を開けて目の前に差し出すと、途端にネネちゃんは脅えた表情になりました。
「う…。」
「やっぱり怖いんだろ。女にはしょせんムリなんだ。諦めろ。」
「うぅ〜。」
悔しいのに、どうしようも出来ない自分がたまりません。
「じゃあ、コメットさんがやってみる。」
そう言うと、コメットさんはいきなり虫かごの中に手を突っ込みました。
「やめた方がいいボ。ヒメさま、ケガするボ?」
「大丈夫。別に噛み付かれるわけじゃないみたいだし。」
「コメットさん、がんばって。」
「えっと、背中を挟んで…えい。どうだ。」
なんとか捕まえようとするのですが、カブト虫の方もそう簡単には触らせてはくれません。
長いツノを巧みに利用し、人間なんかに捕まらないぞと抵抗します。
しかし、けっきょく昆虫は昆虫。
コメットさんは、ついにカブト虫の背中を捕えました。
「やった、捕まえた。きゃっ、痛い!」
喜んだのもつかの間、虫カゴから手を引っぱりだしたところで、ツルツルした身体を滑らせてカブト虫はクルリと反転。
コメットさんの柔らかい肌に、トゲのようにツンツンにとんがったその足でガッシリと挟み込んだのです。
しかも昆虫の王様と呼ばれるカブト虫のこと、足の力も超強力なのでたまりません。
ほとんど反射的に掴まれた右手を振ってしまったコメットさん。
カブト虫はポーンと投げ出され、そのまま羽を拡げて空を飛んでいってしまいました。
「あぁ!カブトが!」
「飛んでいっちゃったボ。」
「ビックリした。力が強いんだもん。」
「赤くなってるよ。痛くない?」
ネネちゃんが心配そうに見ています。
「うん、少しヒリヒリするけど、へっちゃらだよ。」
「よかった。」
突然、ツヨシくんがスクっと立ち上がりました。
「ちっともよくない!ボクのカブトが逃げちゃったじゃないか!」
「あ、ごめんね。ツヨシくん。」
その態度に、コメットさんもようやく彼の大切なカブト虫を逃がしてしまったことに気がつきました。
しかもツヨシくんの怒りは治まらない様子です。
「せっかくボクの子分が出来たのにヒドイや!」
空になった虫カゴを恨めしそうに睨みつけ、肩を震わせています。
「独り占めするから、バチがあたったんだよ。」
ちょっぴりしたり顔で、ネネちゃんが呟きました。
「うるさい!女に男の気持ちがわかってたまるか!」
夏の太陽がチリチリと素肌を照らすお昼どき、ウッドデッキに並んだイスに座って、寂しそうにコメットさんは遠く見える海を眺めていました。
「どうしよう。ツヨシくんにかわいそうなことしちゃった。」
「ヒメさまが悪いんじゃないボ。虫が勝手に飛んでいったんだボ。タイミングが悪かっただけだボ。」
ラバボーはそう言ってくれますが、自分があんなことをしなければカブトが逃げることもなかったのも事実です。
「うん…。」
コメットさんはツヨシくんの怒った顔と悲しそうな顔が、頭から離れませんでした。
「あ、そうだ!」
パっといいアイデアを思い付きました。
「わたしが同じ虫を捕まえて持って帰れば、ツヨシくんのご機嫌なおるよね。」
「え、本気かボ?」
「ついでに、もう一匹とれたら、ネネちゃんの子分もできるし。うん、いい考え。」
「ヒメさまの考えは、いつも短絡的だボ。」
「そんなことないもん。」
「それじゃあ、虫がどこにいるかわかるかボ?どうやって捕まえるか知ってるボ?」
「う〜ん…。景太郎パパに聞いたら、きっと教えてもらえるよ。大丈夫、なんとかなるよ。」
自然と友だちのパパなら、カブト虫のことも詳しいに決まってます。
「ススっとやってみよう。」
「カブト虫?そんなものなら、家の裏山にもいるよ。」
「本当ですか!」
「うん。去年も夏の間、何匹も庭先に落ちてたぐらいだし、今年も飛んでくると思うよ。でも、どうして?」
「わたし今から捕りに行ってきます!」
それだけ聞くと、コメットさんは部屋を飛び出して行ってしまいました。
「あっ、コメットさん!行っちゃった…。いることはいるだろうけど、こんな時間じゃ見つけにくいと思うけどなぁ。」
裏山にやって来ました。
辺りいっぱいにミンミンと、セミが大合唱していて騒がしいこと、この上なし。
コメットさんは右手には虫取りアミを、左手には例の空っぽの虫カゴを装備していました。
周囲をキョロキョロと見回してみます。
「パパさんは、裏山にたくさんいるって言ってたけど…。」
「鳴いてるのはセミばかりだボ。」
「黒くて大きくてピカピカしてる、キレイなカブト虫さんはどこかな?ラバボーはあっちの方を探してみて。」
「やれやれだボ。」
ラバボーはピョンとコメットさんの胸のペンダントから飛び下りると、森の奥の方へと跳ねていきました。
「見つけたら教えてねー。わたしがチャっと捕まえるからー。」
そんな彼らを、木の枝に立って見下ろす怪しい影が二つ…。
メテオさんと、彼女と行動をつき合わざるをえないムークです。
「コメットは何を探しているのかしら。」
「手にしているのは虫カゴと虫取り網、となれば答えは一つ。」
おそらく昆虫採集とムークが答える前に、メテオさんは勝手に答えの推理を始めていました。
「はっ!まさかあの網でタンバリン星国の王子さまをバサーっと捕えたところを、ポイっとあのカゴに閉じ込めるつもりなんじゃ…。」
また、いつものクセが出てきたようです。
うんざりとしながらも、ムークは一応、言ってみます。
「まさか。どう見ても、あの大きさのカゴに入る人間がいるとは思えません。ヒメさまの考え過ぎ…。」
しかし、メテオさんの自己中心的、被害妄想的思考は一度こうなれば止まる事はありません。
「そうよ、そうよ!そうよったら、そうにきまってるわよ!おのれぇ、コメット!そうやって王子さまを自分の手元に置いてしまおうっていう魂胆ね!」
「あの、ヒメさま。わたしの話を聞いてます?」
「あの子の思い通りにはさせないわったら、させないんだから!行くわよムーク!」
「ハァ。まったく人の話を聞かないんだから…。」
「あ〜ら、コメット。こんなところで逢うなんて奇遇じゃなーい。」
「あ、メテオさん。」
一人で木のあちこちを探してまわっていたコメットさんの所に、メテオさんとムークが近付いてきました。
「そんなものを持って、あなた何をなさっているのかしらったら、しているのかしら?」
ニッコリと微笑みながら、メテオさんが問いかけます。
「これ?カブトを捕まえる道具です。」
「かぶと?」
「カブト虫のことですな。この時期になると子供たちに人気の昆虫でして。」
「わたしがツヨシくんの子分を逃がしちゃったから…。」
そう言うと、コメットさんは少し困った顔になりました。
「あら、それは大変じゃないの。(ふん、白々しいこと言ってんじゃないわよ。)」
メテオさんはコメットさんにさらに一歩、近付きます。
「わたしもお手伝いしてあげるわ。一緒に探しましょう。」
「でも…。」
思い掛けない申し出に困惑します。
メテオさんはコメットさんの手をとると、顔を見つめて一気にまくしたてました。
「困っているあなたを放っておくなんて出来ないわったら、出来ないの。助け合うのがお友達じゃない?ね。ね。ね。」
「あ‥ありがとう、メテオさん!」
メテオさんのそんな態度を、コメットさんは心の底から嬉しく思いました。
「いいのよ。ぜんぜん構わないのよ。オホホホホ。(ふっ。必ず先に王子さまを見つけだしてやるわ。)」
メテオさんの瞳がキラっと怪しく光ったことに気がついたのは、ムークだけでした。
「コメットさん、いた?」
「ううん、お部屋にもおフロにもトイレにもいないよ。」
「きっとボクたちを置いて遊びに行っちゃったんだ!」
ツヨシくんは、居間に転がっていたカバのヌイグルミをドカっと蹴りとばしました。
「コメットさんは、そんなことしないもん。」
ネネちゃんが、コメットさんのことをかばいます。
「じゃあなんで、どこにもいないんだよ?」
「きっと、ツヨシくんのせいだよ。ツヨシくんがコメットさんに怒ったから…。」
その言葉に、ツヨシくんも思わずギクリ。
「う…。だ、だってあれは!」
「コメットさん、悲しそうな顔したもん。」
「………。」
そう言うネネちゃんも、そしてツヨシくんも悲しそうな顔になっていきました。
「あ〜。暑〜い。こんなところに本当に隠れているのかしら…。」
相変わらずセミがミンミンと鳴き叫ぶ森の中、午後の日ざしが容赦なくメテオさんのことも照らし続け、周囲の気温はますます上昇中。
「カブト虫は夜行性ですからなぁ。今の時間帯は地面の下にでも隠れているはず。そこを探した方が見つかる可能性は高いと思います。」
額の汗をぬぐいながらムークが説明しますが、何が気に触ったのか、メテオさんは急に怒りはじめました。
「誰も虫のことなんて、聞いてないわよ!」
「は?」
「王子よ!わたしが求めているのは、この森に隠れた王子さまなのよ!コメットの虫のことなんて、どうでもいいのよ!関係ないのよ!」
「……。」
あれだけのことを言っておきながら、どうやらコメットさんに協力しようなんて気持ちはこれっぽっちもないようです。
「メテオさん、そっちどおー?」
離れた場所から、コメットさんの声が聞こえてきました。
途端にメテオさんは顔つきが変わり、先程までとは全く違った声で返事をしました。
「この辺にはいないようねー。わたくし、向こうの方を探しに行ってみますわぁ。」
「お願いねー。」
「まかせておいて。ホホホ。」
そうしてクルリと身体を反転させると、パっと顔つきが元のいじわるなものに戻りました。
「ふん、くだらない。ずっと虫でもなんでも探してなさい。行くわよムーク。」
ズンズン歩いていくメテオさんの背中を見つめながら、ムークは呟きました。
「本当に、ウチのヒメさまときたら…。」
「ヒメさまー。」
「ラバボー。どうだった?」
ラバボーとコメットさんが合流しました。
残念ながら、お互い成果はなかったようです。
「でも、ヒメさま。さっきムークさんに聞いたんだけど、木を眺めていても日が出てる間のカブトはセミみたいにくっついていないらしいボ。」
「そうなの?じゃあ、どこを探せばいい?」
「木に空いた穴の奥とか、地面の落ち葉の下とか、昼間は暗くて涼しい場所で寝ているらしいボ。」
「そっか。じゃあそういう所を探せばいいんだね。」
新しい情報がわかって、コメットさんに元気が戻ってきました。
「ここはどうかな?」
「落ち葉もいっぱい積もってるボ。こういう広い場所なら、一匹ぐらいはいそうな気がするボ。」
「じゃあ、さっそく探してみよう。」
二人はその場にしゃがみこむと、積もっている葉を手でガサガサと探りはじめました。
すると中から、小さい虫がたくさん出てきてしまいました。
「わっ!」
「な、なんだボ!?」
丸くて小さいのやら、細くて長いのやら、たくさんの種類の虫がウジャウジャと隠れていたようです。
すぐには数え切れないほどの虫たちは隠れ家をひっくり返されて驚いたのか、右往左往しています。
「ご、ごめんなさい!」
その光景にちょっぴり怖くなったコメットさんは、パッパと葉っぱを上に被せて元に戻してしまいました。
「ふぅ。」
「やっぱり森の中には、生き物がいっぱいいるんだボ。」
「うん、パパさんの言ったとおりだね。でも、ちょっとビックリ。」
「ボーもだボ。あまり落ちてる葉っぱは、触らない方がいいのかもしれないボ。」
「そうだね。探すのはやっぱり木だけにしとこうか。」
次に二人は、穴が空いた木を探すことにしました。
注意して見ると、すぐにそんな木を見つけることができました。
「ヒメさま、ここ空いてるボ。」
「どう?カブトさんいる?」
「よく見えないボ。」
ラバボーはポッカリ空いてる穴に、顔を近付けていきました。
「ん〜?なんだボ?」
暗い穴の奥から、何か小さいものが出てきました。
黄色い身体に黒のシマシマ。
羽の生えた怖い顔の生き物。
前にも一度、見たことのある虫でした。
「ラバボー!それハチ!」
予期せぬ生き物の登場に、コメットさんは大慌て。
「ハチ?」
「パパさんが言ってた!刺されるとすごく痛いんだよ!」
「さ、刺すのかボ!?ヒャァ!」
ラバボーはビックリして、木からコロンと転げ落ちてしまいました。
「危ないよ!早く逃げて!」
そうこうしているうちに、穴の奥からもう一匹が登場。
二匹のハチは隊列を組んで、コメットさんとラバボーめがけて飛んできます。
警戒しているのかどうかはわかりませんが、ただ飛んでくるだけでも二人にとっては充分すぎるほどの恐怖です。
「わぁぁ!ヒメさま、ヒメさまぁ!!」
「ダメ、こっち来る!早く逃げなきゃ刺されちゃう!!」
「刺されるのはゴメンだボ〜!助けてだボぉ〜!!」
そんな二人の声は、遠く離れたメテオさんの所へも聞こえてきました。
「まったく、根が単純な人はうらやましいわね。くだらない遊びに夢中になれて…。」
「いいえ、単純という点では、ヒメさまもコメットさまに、ヒケはとらな…ブベッ!」
メテオさんの正拳突きが、ムークをはり飛ばしました。
ハチからはなんとか逃げ切った二人でしたが、コメットさんとラバボーはそれからも大変な目にあいました。
大きなヘビと遭遇したり、アリにたかられたり、木の根っこにつまずいてヒザを擦りむいたり…。
とうとう、さすがのコメットさんも疲れ果て、木にもたれてドサっと座り込んでしまいました。
「ハァ〜、他の虫さんばっかり。カブトさんはどこにもいないんだもん。」
ラバボーもその隣でグッタリしています。
「きっと数が少ないんだボ。だから子供に大人気なんだボ。」
「カブト、どうしよう…。」
気持ちがズオーンと暗くなっていくのを感じます。
せっかく、ツヨシくんとネネちゃんに喜んでもらえるステキなアイデアだったのに、肝心のカブトが捕まらない以上はどうしようもありません。
このまま家に帰りたくありませんが、しかし、辺りはすっかり夕方ムード。
太陽が沈みはじめ、周りの景色をだいだい色に染めています。
「ハァ…。」
そのとき、ラバボーがコメットさんの後ろを指差して言いました。
「あ、ヒメさまの頭の上の木にも、穴が空いてるボ。」
「ほんと?」
言われて見てみると、たしかに他で調べてきたものと同じ様に、ポッカリと穴が空いていました。
「どうせここもハズレだよ。」
コメットさんはすっかり自信をなくしてしまっていました。
「でも一応は調べてみた方がいいボ?」
「わかったよ。」
ゆっくり立ち上がると、コメットさんは背伸びして穴の奥を覗き込みました。
「どうだボ?」
コメットさんは返事をしません。
「わぁ〜…。」
「ヒメさま!いたのかボ?」
「うん…。」
穴の奥から目を離さないで、コメットさんはようやく頷きました。
「黒くて大きくて…ピカピカしてるキレイな虫がいっぱい…。」
狭い穴の奥に広がる光景に、コメットさんはすっかり見とれてしまっていました。
大きな虫が背中を合わせあって、ジっとその場に固まっています。
そのどれもが家で見たカブト虫と同じように、黒くピカピカ輝いて、一つ一つがまるで宝石のようなのです。
コメットさんは、まるで宝箱を開けたかのような気分になり、ムネがドキドキしてきました。
「凄いボ!とうとう見つけたんだボ!すぐに捕まえるボ、ヒメさま!」
ラバボーの声に、ようやく本来の目的を思い出しました。
自然の中で自由に暮らしている生き物を捕まえるのは心が痛みますが、今日一晩ぐらいなら、藤吉家へ遊びに来てもらっても構わないかもしれません。
コメットさんはずっと右手の荷物になっていた虫取りアミを、ここへ来て初めてしっかりと構えました。
「そ〜っとね。そっと…。」
しかし、カブト虫は穴の奥。
こんなでっかいアミでは、とてもそこへは入りません。
一体どうすればいいんでしょう?
とりあえずコメットさんは、穴の上からアミで被ってみることにしました。
「えい。」
バサッ!
アミが木の穴に被いかぶさった拍子に驚いたのか、潜んでいたカブト虫がガサガサと飛び出してきました。
みんな一斉にアミと枝の隙間から、外へと出ていってしまいます。
「あっ!ダメ、逃げちゃう!」
コメットさんとラバボーは大慌て。
「こっちだボ!ヒメさまこっち!」
「待って!たくさんいるから、どれを捕まえたらいいのかわからない!」
すっかり頭の中は大混乱。
せっかくのチャンスなのにこれを台なしにしてしまえば、今日一日の努力が無駄になるだけでなく、ツヨシくんとも仲直りのきっかけがつかめなくなってしまうのですから、無理もありません。
「あぁ、何やっているんだボ!」
「こうなったら…!」
コメットさんはパっとティンクルバトンを出しました。
そして、ムネのペンダントにそっと触れます。
コメットさんの変身の開始です。
光りが身体を包み込んで、服の形状になっていきます。
クルクルっとバトンを廻して、星国スタイルへの変身完了。
「幾千億の星の子たち、キラ星の輝きを、そして数多の力を、わたしの星力に変えて…。エトワール!」
星力を与えられた虫取りアミと虫カゴが、勝手に動き始めました。
アミがすくったカブト虫を、カゴが次々とキャッチしていきます。
それはそれは見事なコンビネーションです。
あっという間にそこにいたカブト虫は、全部カゴの中に収められてしまいました。
「凄いボ。アミが全部捕まえちゃったボ。」
カゴの中では全部で10匹ほどのカブト虫が、ガサガサ、ワサワサと動き回っていました。
こんな狭いところへ、いきなり閉じ込められたことが気に入らないようです。
「ごめんね、今日一晩だけだからガマンして。」
「とにかく暗くなる前に捕まえられてよかったボ。」
「うん。これでツヨシくんのご機嫌が直るし、ネネちゃんにも喜んでもらえるね。」
「でも、これ全部ツノがないボ。」
よく見てみると、たしかにどれもこれもツノのない頭をしています。
「それになんだか、家で見たのとちょっと違う感じだね。なんか全体的にツルツルしてる。」
「たぶん、ツヨシくんの言っていた、メスのカブト虫なんだボ。」
「きっとそうだね。ま、ツノがなくてもいいよね。」
この際、贅沢は言ってられません。
コメットさんとラバボーはクルリと振り返ると、森の入り口の方へと駆けていきました。
「あぁ、もうダメ。暑くてダルくてやってらんないわよ…。」
森の中の日陰では、メテオさんフラフラになって倒れていました。
「この季節、あれだけ動き回ればこうなるのも仕方ないかと。」
「もうやだ…。家に帰っておフロ入って寝る…。」
「メテオさーん!」
楽しそうに走ってきたコメットさんが、メテオさんの前でキキっと止まります。
「コメット…。」
「メテオさん、見て!いっぱいいたよ、カブト!」
興奮を押さえ切れない様子で、昆虫でいっぱいの虫カゴを見せました。
「へ?カブト…。」
「ありがとう、メテオさん。それにムークさんも。二人のおかげだよ。」
「いえいえ、お役にたてて光栄です。」
「たくさん捕れたから、メテオさんのカゴにも入れておくね。」
コメットさんは虫カゴの中から2、3匹取り出すと、メテオさんの脇に転がっていたカゴの中に移し替えました。
逃がさないように慎重に作業します。
そのおかげで、今度は失敗することはありませんでした。
パチっとフタをロックして完了。
「ヒメさま、早く帰ってツヨシくんとネネちゃんに見せるボ!」
「うん。じゃあメテオさん、またね!」
二人は夕暮れに染まった山の道を駆けていき、すぐに見えなくなりました。
後にはムークと、疲れ切ったメテオさんとだけが残されました。
あれだけ騒がしかったセミの声も、いつの間にかすっかり聞こえなくなっています。
「いやぁ、コメットさまの昆虫採集が上手くいってよかったですなぁ。」
わざとムークが明るい声を出しましたが、だからといってメテオさんが元気になれるわけもありません。
「なによ…なんなのよ…。わたしは今日の一日、いったい何をしていたというの…。」
もう怒りすら湧きません。
メテオさんは、ガクっとその場に崩れ落ちました。
「まぁ、よいではありませんか。一つの家族が平和を取り戻したことですし。それにカブト虫も、こんなにいっぱい…おや?」
家に戻ると、ウッドデッキにツヨシくんとネネちゃんの姿を見つけました。
「ツヨシくん!ネネちゃ〜ん!」
走りながら、元気いっぱいに声をかけます。
「あ、コメットさんだ!」
「コメットさーん!」
二人もコメットさんの方へと駆け出しました。
「ただいま!」
ツヨシくんとネネちゃんが、コメットさんに抱き着きます。
「黙っていなくなるから、心配したんだよ!」
「ゴメンね、ネネちゃん。ずっと山の森の中にいたの。」
「コメットさん。ゴメンなさい!ボクがあんなふうに怒ったから…!」
「ううん、ツヨシくんが悪いんじゃないよ。それよりわたしの方こそ、ツヨシくんの子分を逃がしちゃってゴメンね。」
二人は仲直りできました。
コメットさんもツヨシくんも、そしてネネちゃんとラバボーも、みんながホっとしました。
「でもコメットさん、どこへ行ってたの?」
「うん。二人とも、これ見て。」
「なあに?」
「ジャーン!」
コメットさんはカブトの入った虫カゴを出しました。
メテオさんに何匹かあげたけど、そこにはまだ6匹ほども入っています。
「ヘヘーン。すごいでしょ?」
「ボーとヒメさまで捕まえたんだボ。苦労したボ。」
「メテオさんとムークさんも手伝ってくれたんだけどね。」
「あ…。」
ツヨシくんとネネちゃんはお互いの顔を見合わせて、複雑な表情になっています。
しかし、そのことにコメットさんは気がつきません。
「二人のために捕ってきたんだよ。でもかわいそうだから、明日の朝には森に返してあげようね。」
コメットさんは虫カゴを差し出しました。
「うわっ!」
「きゃっ!」
二人はおっかなビックリといった様子で、ビクっと後ろに後ずさり。
「うふ。そんなにビックリしてくれなくてもいいよ。はい、全部二人のだよ。」
しかし二人は虫カゴを受け取りません。
「コメットさん、こっち来ないで!」
「近付かないでぇ!」
ドタドタドタ!
それどころか、慌てた様子で家の中に戻ってしまいました。
「あれ…?ツヨシくんとネネちゃん、どうしちゃったんだろ。」
「何か変だボ?」
そう思った途端、玄関先の方から悲鳴に近い叫び声が聞こえてきて、今度はコメットさんの方がビックリ仰天です。
「パパぁー!ママぁーっ!」
「コメットさんが、コメットさんが!」
「ゴキブリいっぱい持って帰ってきたぁーーーっ!!」
後に残ったコメットさんは、わけがわからないといった顔で虫カゴの中を覗き込みました。
「ゴキブリ…さん?」
「…だボ?」
読んで怖くなった人、ごめんさない。
マンガだと絵次第でかなり薄めることが可能なんですけど、今回は小説ですから読み手次第でかわいくも、リアルにも。
書き手としては、リアルなものよりもアニメの雰囲気らしくかわいらしい形をイメージしています。
何の知識もなくゴキブリを見たら、もしかするとコメットさんも怖がらないんじゃ?と考えて思い付いた話です。
まぁ、普通の人にとってゴキブリは、本能的に怖いものかもしれませんね。
わたしも、彼らの触覚の動きと素早い動きがダメです。
博愛主義者のコメットさんでも、やっぱりゴキブリは苦手だったりするんでしょうか。
それとも、ゴキブリビトさんとか言って、星力で仲良くなるかも。
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